会社で働くって一体なんだろう?生態系とか哲学とかひっくるめて考えた
どうも管理人です。
以前、働き方について触れた記事を書きましたが、もう少し仕事ってなんだろう、働くことってなんだろう、そういうことについて書いてみたいと思います。
▼日本の、人に仕事をつけるという考え方。哲学に置き換える。
以前の記事で表題の件について触れました。
このことについてもっと大きな視点で考えてみると、哲学者サルトルの思想が浮かびました。
簡単に言うと「人間はどうして人生に悩むんだろう。それは他の生き物にはそれぞれある役割が人間にはないからその存在理由に悩むんだ」という思想です。
実存主義と言われていますが、これはそのまま範囲を小さくして日本の社会での働き方に適応できる気がします。
たとえば地面の中にいるミミズ。彼らに知性があるとかないとかそういう話は度外視して、ミミズには生態系の中で地面を肥やし、また他の生物の食料になる。そんな役割が彼らにはあります。
ぶんぶんうるさいハエにだって同じように生態系の中での役割がありますよね?
でも人間には生態系の中での役割がない……っていうと話が大きくなりすぎてしまうので、生態系をそのまま会社に当てはめます。
▼生態系→会社に置き換える。
置き換えると掃除のおじさんおばさんはハエとかミミズに近いですね、という冗談は置いといて、会社を動かすにもそれぞれ生態系と同じように役割があるわけです。
財務が資金繰りをして、営業や企画が新しいお金を生み出し、またそれを財務が管理する……、簡単にいうとこんな世界になっています。
そんな中でスペシャリスト的な仕事をしている人はきっちり会社という生態系の中で確固とした役割を持っていることになります。デザイナーさんとかそんな感じでしょうか?
しかし「人に仕事をつける」という仕組みになっている日本の会社員の多くは、確固とした役割を持っていません。
これを生態系に置き換えると非常に宙ぶらりんな状態になってしまうわけです。
もう一度話を大きくすると、サルトルはようは生態系の中で人間には役割がないから人生に悩んだり、苦しんだりするんだ、と説いています。
この生態系の中で悩むことと、会社にいてこれでいいのだろうか?と悩むのは非常に近いものであると思います。
つまり自分は会社にとって唯一無二の特別な存在なのだろうか?と各々の根っこの部分で感じているわけです。
で、当然スペシャリストではないわけだから、「唯一無二」の存在ではない。宙ぶらりんの存在なんです。
生態系の中であれば人間以外の宙ぶらりんな種族は自然界で淘汰されていきます。それがリストラだとか、自主退職だとかに当てはまっていくわけですね。
そして元々生態系の中で必要ないと判断された人たちなのでそこから先で働く場所がなかなかない。
これが現代の日本の働き方なのだと思います。
▼生態系で生き残る存在にならないといけない。
社会を簡単に変えることはできないので、僕たちはまずこの生態系の中で生き残る存在にならないといけないと思います。
それは唯一無二の存在になるということ。もっといえば違う会社に行っても通用する人になるということ。
今の会社の中だけで通用するスキルってどの会社にもたくさんあると思うんですね。
それも生き残るためにはすごく重要だと思うんですが、やっぱりそれだけでは難しい。だからこそ自主的に色々なことを勉強しなければいけない、でこの勉強って言うのは何も資格とかだけの話ではありません。
成功してまさに唯一無二の存在になっている人って本当に色んなことに興味があって、色んなことを知っている。というか本人たちは勉強しているという感覚ではなく、単純に知りたいっていう気持ちの方が大きいのだと思いますが、結局それらの様々な知識が集合して新しい何かを生み出して、それが唯一無二の存在足らしめているんですね。
▼まとめ
こんなことを書きましたが誰しも唯一無二の存在になれないのが事実ではあります。
けれど、唯一無二の存在になろう!と挑戦し、頑張っている間は少なくとも会社で働くことに悩みはしないと思いますし、挑戦しているうちに違う会社でやってみたい!という気持ちになればそれもそれでありだと思います。
ようは人生と働くことは限りなく近いってことですね。
過去とか未来とかを気にせず、どんどん新しいことに挑戦するのが今の日本人には必要なのではないでしょうか?